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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)3513号 判決 1990年1月31日

原告

岡本俊子

被告

名鉄交通株式会社

ほか二名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金四三四三万八五三一円及びこれに対する昭和六一年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金六三〇〇万円及びこれに対する昭和六一年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故

(一) 日時 昭和六一年三月一日午前三時一〇分頃

(二) 場所 名古屋市緑区鳴海町字上汐田二番地一先路上(国道一号線大慶橋上)

(三) 加害車 普通乗用自動車(名五五え六〇九六、以下「甲車」という。)

(四) 右運転者 被告三浦章吾(以下「被告三浦」という。)

(五) 加害車 普通乗用自動車(名五五え七三〇八、以下「乙車」という。)

(六) 右運転者 被告野上幸寿(以下「被告野上」という。)

(七) 被害者 訴外亡岡本一雄(以下「亡一雄」という。)

(八) 事故態様 被告三浦運転の甲車が本件事故現場の道路を北から南に向けて進行中、路上の積雪のため運転操作を誤つて対向車線に進入して横向きになつたところへ、対向車線を南から北に向けて進行してきた被告野上運転の乙車が衝突し、甲車の乗客亡一雄に対し頭蓋骨々折等の傷害を負わせ、同人をして同日午前八時二五分死亡させた。

2  責任原因

(一) 被告名鉄交通株式会社(以下「被告会社」という。)は、甲車及び乙車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告三浦は、本件事故当時、路面が凍結して車輪が滑走しやすい状態にあつたから、甲車の速度を適宜減速し、ハンドル及びブレーキ操作を確実にし進行すべきであるのに、これを怠り、時速約四〇キロメートルを超える速度で進行したため、対向車である被告野上運転の乙車が蛇行したのを認めて狼狽し、急ブレーキをかけるとともに左に急ハンドルを切つたため、甲車をスリツプさせて対向車線に暴走させ、乙車に衝突させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

(三) 被告野上は、本件事故当時、路面が前記のような状態にあつたから、乙車の速度を適宜減速し、前方に危険を認めた場合には衝突事故を起こすことなく停止できる速度で進行すべきであるのに、これを怠り、時速約六五キロメートルを超える速度で進行したため、対向車である被告三浦運転の甲車が自車の進路上に暴走して来るのを認め、急ブレーキをかけるとともにハンドルを左に切つたが間に合わず、乙車を甲車に衝突させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

3  亡一雄の損害

(一) 逸失利益 八〇九四万五一二七円

(1) 名古屋市交通局職員としての給与分 六九九四万一六三〇円

亡一雄は、昭和三二年七月一三日生(本件事故当時満二八歳)の健康な男子で、本件事故当時名古屋市交通局に勤務し、企業職員の給与の種類及び基準を定める条例(昭和二八年六月一日条例第二三号、以下「給与条例」という。)、名古屋市交通局企業職員給与支給規程(昭和四二年一月一二日交通局管理規定第一号、以下「給与規定」という。)等に基づいて、企業職給料表(一)(当時のもの、給料等級について以下同じ。)の六等級一〇号給月額一七万七一〇〇円の給料のほか、給料の一〇パーセントに当たる調整手当と、年間月額給与(調整手当を含む)の合計四・九か月分に当たる期末手当及び奨励手当の支給を受けていたものであるが、本件事故に遭わなければ、定年の六〇歳まで名古屋市交通局に勤務し、給与条例、給与規定のほか、初任給、昇格及び昇給等に関する規定(昭和四二年一月一三日交通局管理規定第四号、以下「昇給等規定」という。)等に基づいて、別表1記載のとおり昇給、昇格を続けるとともに、別表2記載のとおりそれぞれの等級に応じた給与(月額給料のほか、調整手当、奨励手当、期末手当を含む。)の支給を受けることができたはずである。

そこで、支給を受けるはずであつた右給与の総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡一雄の名古屋市交通局職員としての給与分に関する逸失利益の死亡時点での現価を求めると、別表2記載のとおり九九九一万六六一五円となるところ、原告方は亡一雄の収入を中心に営まれていたものであるから、扶養家族を有する一家の主柱が死亡した場合に準じて、右金額から三〇パーセントの割合による生活費を控除すると、その額は六九九四万一六三〇円となる。

99,916,615×(1-0.3)=69,941,630

(2) 名古屋市交通局職員としての退職手当差額分 七八二万二七七二円

職員退職手当条例(昭和三一年八月三一日名古屋市条例第二〇号、改正昭和五七年条例第三一号、同五八年条例第一号、以下「退職手当条例」という。)等によれば、亡一雄が定年退職するときは、五八歳時の給料月額三六万一七〇〇円の二五分の一相当額に支給日数一五七四日を乗じ、さらにこれに長期勤続を理由とする加算率一〇〇円の一〇を乗じた退職手当が支給されることになつており、その支給総額は二五〇四万九八九六円となる。

そこで、右金額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡一雄の死亡時点での現価を求めると九八二万三四八八円となるが、原告は亡一雄の死亡時に同人の退職手当二〇〇万〇七一六円を支給されたので、これを控除すると、その額は七八二万二七七二円となる。

361,700×(1÷25)×1,574×1.1=25,049,896

25,049,896×0.39215686=9,823,488

9,823,488-2,000,716=7,822,772

(3) 名古屋市交通局職員退職後の逸失利益 三一八万〇七二五円

亡一雄は、本件事故当時満二八歳の健康な男子であつたから、本件事故に遭わなければ、名古屋市交通局を満六〇歳の定年で退職した後も、少くとも四年間は稼働することができたはずであり、この間に、退職時の給与の六〇パーセントの月額収入と、その二か月分の年間賞与を得られたはずである。

そこで、右期間の総収入額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡一雄の死亡時点での現価を求め、これから三〇パーセントの割合による生活費を控除すると、その額は三一八万〇七二五円となる。

361,700×0.6×(12+2)×(0.38461538+0.37735849+0.37037037+0.36363636)×(1-0.3)=3,180,725

(二) 慰藉料 二〇〇〇万円

亡一雄は、中部地方における最大手のタクシー会社である被告会社のタクシーに信頼して乗車したものであつたのに、これが無残にも裏切られたもので、その無念さは想像に余りあり、前記の如き家庭事情をも総合考慮すれば、同人の精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料額は、一家の主柱が死亡した場合に準じて二〇〇〇万円を下回ることはない。

4 相続

原告は、亡一雄の母であつて、同人の死亡により同人の被告らに対する損害賠償請求権を全額相続により取得した。

5 弁護士費用 四五〇万円

6 損害の填補

原告は、本件事故に基づく損害賠償として、甲車及び乙車の自賠責保険から四二三八万五四〇〇円の支払を受けた。

7 結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し、前記損害賠償金合計一億〇五四四万五一二七円から既受領額四二三八万五四〇〇円を控除した六三〇五万九七二七円のうち六三〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年三月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実については、(一)ないし(七)は認め、(八)は亡一雄の傷害の内容及び死亡時刻は不知、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実については、(一)のうち亡一雄(昭和三二年七月一三日生)は、本件事故当時名古屋市交通局に勤務していたこと及び原告が亡一雄の死亡時に同人の退職手当二〇〇万〇七一六円を支給されたことは認めるが、その余は争う。

4  同4の事実のうち、相続関係は認めるが、その相続金額は争う。

5  同5の事実は争う。

6  同6の事実は認める。

7  同7は争う。

第三証拠の関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおり。

理由

一  請求原因1(一)ないし(七)の各事実、(八)のうち亡一雄が本件事故により事故当日死亡したこと、及び同2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

右認定の事実によれば、被告会社は自賠法三条に基づき、被告三浦及び同野上はいずれも民法七〇九条に基づき、本件事故による後記損害を賠償する責任がある。

二  そこで、本件事故による損害について判断する。

1  亡一雄の損害

(一)  逸失利益 六五〇二万三九三一円

(1) 名古屋市交通局職員としての給与分 五四九五万四一三八円

亡一雄が昭和三二年七月一三日生(本件事故当時満二八歳)の健康な男子で、本件事故当時名古屋市交通局に勤務していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証、第六号証の一ないし四、第七号証の一、二、第八ないし第一〇号証、第一二号証、第二四号証、証人高濱正門の証言により成立の認められる甲第一一号証及び右証人高濱の証言並びに調査嘱託の結果によれば、(イ)亡一雄は、高校を卒業して昭和五一年四月一日に名古屋市技術職員として採用され、同市交通局技師に補職されたものであること、(ロ)同市交通局職員の給与等を定める給与条例、給与規定及び昇給等規定の法令等によれば、高校卒の場合は、初任給は七等級四号給に始まり、その後の昇給については、原則として一年を経過する毎に一号給ずつ昇給するが、昇給期間短縮の一場合として、勤続期間が一〇年に達し、その間における勤務成績が特に良好であると所属長が認める職員、及び勤続期間が二〇年又は三〇年に達し、その間における勤務成績が良好であることにより毎年市長が実施する表彰を受ける職員については、その者の勤続期間が一〇年、二〇年又は三〇年に達することとなる日の直後の四月一日又は一〇月一日以後、その昇給期間を三月短縮して直近上位の号給又は給料月額に昇給されること、なお、職員の給料月額がその属する職務の等級における最高の号給の給料月額である場合は、その給料月額を受けるに至つたときから一八月を下らない期間を良好な成績で勤務したものについては、直近下位の号給の給料月額との差額分(五級の場合は二五〇〇円)が昇給(わく外昇給)されること、昇格については、昭和六二年三月三一日までは、七等級の在職期間が四年以上で勤務成績良好な職員が七等級から六等級へ昇格し、昭和六二年四月一日以降は、二級(昭和六二年四月一日給与制度改定により旧六等級を二級に切替)の在職期間が九年以上で勤務成績良好な職員が二級から三級へ昇格し、三級の在職期間が五年以上で年令三九歳以上の職員(在職期間が二一年以上である者に限る。)のうち別に定める選考に合格したものが三級から四級へ昇格し、主任歴(四級職)六年以上で年令四五歳以上の主任(在職期間が二七年以上である者に限る。)のうち別に定める選考に合格したものが四級から五級へ昇格すること、月額給料以外に支給される手当としては、給料の一〇パーセントに当たる調整手当と期末手当及び奨励手当とがあり、後者の額は、年間月額給与(調整手当を含む)の合計四・九か月分で、六月期に一・九か月分、一二月期に二・五か月分、三月期に〇・五か月分が支給されること、(ハ)平成元年一月一〇日現在における名古屋市交通局職員のうち企業職給料(一)の適用を受けている職員数は九一九人で、そのうち五級までの適用を受けている職員数は八一八人であり、五級は二六〇名であること、(ニ)職員の定年等に関する条例(昭和五八年三月三日条例第一号)により、名古屋市交通局職員の定年退職の日は、本人が満六〇歳に達した日以後における最初の三月三一日と定められていること、(ホ)亡一雄の初任給は七等級四号給であつたが、その後一年を経過する毎に一号給ずつ昇給し、昭和五五年四月一日六等級四号給に昇格し、以後九月又は一年の経過で順調に昇給し、死亡当時は昭和六〇年七月一日昇給による六等級一〇号給月額一七万七一〇〇円の給料のほか、前記割合による調整手当等の支給を受けていたので、以後も前記昇給・昇格制度の適用を受けて推移して行くことは十分に予想できたこと、(ヘ)別表1記載の昇給・昇格予定は特段のケースではなく、亡一雄の場合に蓋然性の高い推移であること、以上の事実が認められる。

右の事実によれば、亡一雄は、本件事故に遭わなければ、昭和六一年四月一日から定年によつて退職することになる平成三〇年三月三一日まで、名古屋市交通局職員として勤務し、その間、別表1記載のとおり給与条例・給与規則等に基づく定期的な昇給等による収入の増加を得ることができたものであつて、その結果別表2記載のとおり合計一億七四一八万六七一六円の給与(諸手当を含む)の支給を受けることができたものと推認することができる。

そこで、右金額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡一雄の死亡時点での現価を求めると、別表2記載のとおり九九九一万六六一五円となる。そして、亡一雄の生活費については、原告本人尋問の結果によれば、原告方では夫秀幸が昭和五四年二月に死亡しているので、働いている家族が生活費を出し合つて生活して来ており、独身の亡一雄も長男としてその給与から相当程度の金員を出していたことは認められるが、未だ一家の主柱に準ずるとまでは認め難いので、亡一雄の生活費は経験則上単身者の場合よりも若干減額した四五パーセントの割合によるものと推認するのが相当であるから、これを右金額から控除すると、亡一雄の逸失利益(給与分)は五四九五万四一三八円となる。

99,916,615×(1-0.45)=54,954,138

(2) 退職手当差額分 七五六万九九三〇円

退職手当条例六条、附則七項によれば、亡一雄が定年退職するときは、五八歳時の給料月額三五万九三〇〇円の二五分の一相当額に支給日数一五七四日を乗じ、さらにこれに長期勤続を理由とする加算率一〇〇分の一〇を乗じた退職手当が支給されることになつており、その支給総額は二四八八万三六八〇円となる。

そこで、右金額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡一雄の死亡時点での現価を求めると九五七万〇六四六円となるが、原告が亡一雄の死亡時に同人の退職手当二〇〇万〇七一六円を支給されたことは当事者間に争いがないので、これを控除すると、その額は七五六万九九三〇円となる。

359,300×(1÷25)×1,574×1.1=24,883,680

24,883,680×0.38461538=9,570,646

9,570,646-2,000,716=7,569,930

(3) 退職後の逸失利益 二四九万九八六三円

亡一雄が本件事故当時満二八歳の健康な男子であつたことは前記のとおりであるから、同人は、本件事故に遭わなければ、名古屋市交通局職員を満六〇歳の定年により退職した後も、少くとも四年間は稼働することができたはずであり、この間に、少くとも原告主張の年間収入三〇三万八二八〇円を得られたものと推認することができる(右金額は、前記認定の亡一雄の退職時の年間給与額の五〇パーセント以下であり、かつ、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の六〇歳ないし六四歳の年収額よりも下回るものである。)。

そこで、右期間の総収入額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡一雄の死亡時点での現価を求め、これから四五パーセントの割合による生活費を控除すると、その合計額は二四九万九八六四円となる。

3,038,280×(0.38461538+0.37735849+0.37037037+0.36363636=4,545,207

4,545,207×(1-0.45)=2,499,863

(二)  慰藉料 一九〇〇万円

本件事故の態様、亡一雄の年齢・家族情況、その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、亡一雄の精神的苦痛を慰藉するには一九〇〇万円をもつて相当とする。

2 相続

相続関係については当事者間に争いがないので、原告は前記1の亡一雄の被告らに対する八四〇二万三九三一円の損害賠償請求権を相続により取得したものである。

3 損害の填補

原告が本件事故に基づく損害賠償として甲車及び乙車の自賠責保険から四二三八万五四〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、これを前記損害賠償請求権八四〇二万三九三一円から控除すると、その残額は四一六三万八五三一円となる。

4 弁護士費用 一八〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害として原告が被告らに請求しうる弁護士費用額は、本件事故時の現価に引き直して一八〇万円とするのが相当である。

三  結論

よつて、原告の請求は、被告ら各自に対し、四三四三万八五三一円及びこれに対する本件事故の日の昭和六一年三月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺本榮一)

別表1 昇給等予定表

<省略>

別表2 年度別所得額表

<省略>

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